警戒地域のミュージアムで見た“多宗教共生”のかたち――ガンダーラ仏像が語るもの

パキスタン ペシャワール美術館
「パキスタン」「ペシャワール」と聞くと、日本人にとってはどうしても“危険”や“イスラム国家”という先入観が浮かびます。
しかし、そんな地域のミュージアムで、これほど多様な宗教の痕跡を、しかも国をあげて保護している――その事実に、わたしは大きな衝撃を受けました。 (参考情報の“ループ”が招くネガティブバイアスもご覧ください)

イスラム国家なのにブッダ像がずらり?

ペシャワール博物館に足を踏み入れると、そこには仏教美術の宝庫ともいえる膨大なガンダーラ彫刻が並んでいます。
「ブッダの石像がこんなにも……しかもここはイスラム教の国……」と最初は不思議で、それ以上に感動したのは、「この地では過去に起きた破壊を乗り越え、文化遺産として仏教美術を守り続けようとしている」という点でした。

ガンダーラ彫刻

パキスタン国旗と多様性

現地の方に教えてもらったパキスタン国旗の意味は、
  • 緑色:イスラム教徒(多数派)を象徴し、繁栄や希望も意味する。
  • 白い縦帯:少数派の宗教(ヒンドゥー教、キリスト教、シーク教など)とその権利、そして寛容さを示す。
  • 三日月と星:三日月は「進歩」、星は「光と知識」。いずれも伝統的なイスラムのシンボルとされる。
パキスタンは「緑と白」が同じ旗の中で調和することを尊重し、過去の仏教遺産も貴重な歴史として保護しているのだ、と。


ブッダが生きていた頃は、仏像はなかった

仏教自体は、紀元前5世紀頃のインドでブッダ(ゴータマ・シッダールタ)によって説かれたといいます。
けれどもブッダが生きている間に「仏像」が造られることはありませんでした。
当時の弟子や信徒たちは、ブッダを直接礼拝するのではなく、「足跡」や「法輪」「菩提樹」などの象徴物によってブッダの存在を感じ取っていたのです。

そんな仏教が、シルクロードを北西インドへ伝わるうちに、ギリシャやペルシャの写実的な彫刻技術と出会い、はじめて「人の姿のブッダ像」をつくりあげたのが、このガンダーラ地方。
いわば、「仏教」という精神が「西洋の彫刻技術」という肉体を得て、目に見える形を与えられた場所――それが現在のパキスタン周辺にあたるガンダーラなのです。

ペシャワール博物館

弟子たちはなぜブッダの物語を“彫刻”に残したのか

ブッダの死後、教えが広がっていくなかで、弟子たちは「ブッダはどんな生涯を歩んだのか」を後世に伝えようとしました。
文字にする手段もまだ限られていた時代、各地の仏教徒は「浮き彫り」でストーリーを刻むことを選んだのです。

  • 誕生:母マーヤー妃の脇腹からシッダールタが産声をあげる場面
  • 出家:王子としての生活を捨て、自ら真理を探しに行く場面
  • 悟り:菩提樹の下で瞑想を深め、苦しみの根本を悟りに至る場面
  • 初転法輪:最初の説法、そして教えが広がり始める場面
  • 涅槃:人生の最後、涅槃に入り完全な安らぎへと至る場面

これらのシーンが、石像や浮き彫りとして連続的に描かれています。
弟子や工房の彫刻家たちは、「ブッダが辿った道のりこそが教えそのものだ」と考え、ビジュアルな形で遺すことで、より多くの人々に仏教の“物語”を伝えようとしたのでしょう。

異文化を“まるごと”受け入れた仏像たち

博物館の展示物をじっくり見ていると、ギリシャ風のトーガを身にまとったブッダや、インド伝統の衣を着た菩薩像、さらには中央アジアの影響を感じさせる仏像などが混在しています。 名称にも「○○スタイル」といくつかのバリエーションがあり、そのどれもが“少しずつ異なる文化のエッセンス”を吸収しているのです。

「違う要素」を排除するより、むしろ“面白いじゃないか”と取り入れて、自分たち独自の仏像を造りあげるその感覚が、いまの時代から見てもとても寛容に思えました。


ガンダーラが教えてくれたもの

かつてはイスラム勢力によって仏像が多く壊されることもあったそうですが、一方で「これはわたしたちの貴重な遺産だ」と考える人々が出てきて、保存・研究が進められました。ペシャワール博物館は、その試行錯誤の末に生まれ、研究者や旅行者が集まる場所になっています。破壊や衝突の歴史を経ても、こうして残されたガンダーラの遺産は、いま国境を超えて人々をひきつけています。


「宗教」という枠組みが、必ずしも“排他的な線引き”を生むわけではなく、
ガンダーラ仏像が示すように、“異なる文化を積極的に取り込み、新しい何かを生み出す”こともできるのだと感じました。
警戒地域 & イスラム国家であるこの土地に、いまも“多宗教共生”の形を象徴する遺産が大事に収められている――貴重な体験にであいました。

ガンダーラ

こういったレリーフを見るのにも、ChatGPTが活躍します。
以下、ChatGPTの解説です。

場面:釈迦(当時はシッダールタ王子)が深夜に王宮を抜け出し、俗世を捨てて修行の旅に踏み出す決定的瞬間
制作:ガンダーラ地方 2〜3 世紀 片岩(グレー・シスト)彫刻

ガンダーラ美術では、一枚の石に“連続する物語”をコマ割りなしで彫り込む〈連続叙事〉という手法がよく使われます。
この作品も左から右へ、シッダールタの“脱宮”を時系列で描いています。

左端の女性たち | 宮廷の侍女や王妃たちが驚き、あるいは嘆いている | 王子の失踪に気づき、混乱する後宮を表現 |
中央・馬上の若者 | 愛馬カンタカにまたがるシッダールタ | 夜の出立なので、天界の神々が馬の蹄を支え、音を消していることも多い(ここでは下に小像が添えられている) |
馬の後ろの従者 | 従者チャンナ(車匿)が手綱を引く | 忠実な従者として王子を見送る役目 |
柱(樹木)をはさんだ右側 | 立つ(または跪く)シッダールタ- 小さな僧形の人物や太鼓を打つ楽人 | 宮殿を離れた後、装飾を捨て、髪を切り落とし、修行者の衣に替える儀式を示唆 |
最右端・結跏趺坐の像 | 出家直後のシッダールタ(もしくは悟りを予感させる未来の姿) | 俗世を離れ静座する―「大出家」が完成したことを象徴 |

※左右にいる翼をもつ小さな人物は、ガンダーラでしばしば登場する天界の神(ヴィダヤ、プット)で、仏の偉業を祝福する存在です。

1. 物語のキーポイント
ブッダ伝の中でも、“出家”は悟りへの第一歩。生身の王子が「苦を超える道」を選んだ瞬間を、観る者は追体験できます。

2. 東西融合の造形
– 馬と騎士はギリシャ・ローマの写実的プロポーション
– 衣の襞や宝冠はインド・ペルシャのモティーフ
– 神々の扱いはヘレニズムの寓意像の伝統
→ガンダーラらしい文化のミックスが一目でわかる好例。

3. 「連続叙事レリーフ」の教科書的作品
コマ割り漫画以前に、人々がどう“動く時間”を石に定着させたか――その工夫を実感できます。

見どころのコツ
– 馬の蹄の下や柱の根元など、小さな助演者(神・従者)を探すと物語が立体的に見えてきます。
– 右端の座像がほんの少し大きく彫られているのは、出家=悟りへの決意を強調するための視覚トリック。
– 左端から右端へ視線を移す自分自身の“読む行為”そのものが、王子の旅路をなぞる体験になります。

ChatGPT、すごい。
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